開発者って、なんだろう?

このあたりを読んで。

# あくまで自分の意見なだけで、誰かに「そう思って欲しい」なんてことは考えてません。ただ、こうあればいいかなぁ、と思っただけなのでこれを書いてます。


「開発者」って何? と自分なりに考察してみたいと思います。
さて、Snort のソースを見たことすらない僕は、Snort の日本語ドキュメントに関わっているからといって、やっぱり僕は「Snort の開発者」とはいえないと思っています。Snort Project の一員です、とは言えるかも知れませんですけどね。
根本的な違いは、「創作物 (つまりそのもの) を創る」のか「創作物を作る手助けをする」のか、だと思います。前者は当然「開発者」と呼ばれるべきですが、後者は立場、少し微妙じゃないでしょうか?
何が言いたいのかというと、関わったからといって「開発者」を名乗るなんて傲慢だと思っているのです。(だって、それを言ったら僕らが生きるために何かをしている人たち皆が「開発者」となってしまいます。彼らは「協力者」ではあっても、「開発者」では無いのです。そこはしっかりと認識するべきです。でなければタダの痛い人になってしまいます。)
更に言えば、それは関わる人たちが一人一人、心の中で思っていればいいことであり、敢えて口に出すようなものでもないのだと思いますが・・・。なんとなく、はっきりさせたかったのです。


えっと、もう少し語ります。
プログラムを作成する (即ちアイディアを著作物化する) というのは、どんなことであってもとても労力が必要なことなんです。もにょ先生はそれを考慮した上で、「(自分はアイディアを著作物化するという行為をしていないから) 開発者ではありません」と仰せになっているのでは? と思います。
その上で、もし周りの第三者が「それでももにょ先生は開発者だ!」と思うのであれば、「私にとってもにょ先生は開発者だと思っています」と素直に敬意を示されるのが宜しいのではないでしょうか? けれども「だからもにょ先生は開発者を名乗ってください!!」などと強要するのは間違ってます。それはあくまで個人個人の主観であり、お互いは相互の意思を尊重しあう必要があるからです。そうしなければもにょ先生自身の、ご負担になってしまいますから。
大切な人の事は、もっと大切にした方がいいと思うのです。


結局「開発者」なんて単語には、何ら意味が無い! それを発言する人の心こそ大切なのです。ということなんだと思います。


いや、自分で言ってて堂々めぐりな意見になってきた・・・。